子供のころは結構習い事に行かされていた。自分には弟がいるが、たしか弟も同じ習い事をさせられていたと思う。最近読んだいくつかの小説は登場人物の子供の頃の描写を扱うものが多くて、ふと思い出したので書く。

公文


いつごろからか不明だが、公文に行かされていた。確か算数をやっていた記憶がある。これは後述する塾に行くまでいっていたと思うのでおそらく小学4年生までだったハズ。やめた理由はたぶん後述する塾に行くことになったからだと思われる。当時は将棋の羽生善治氏を前面に出していた時期だったと思う。羽生善治氏が推されていたのは…

子供の頃公文式をしていたため、CMに起用されていたこともある。

Wikipediaより

ということだったらしい。

自分が通っていた教室は個人宅を改装したような教室だったが、いまだ健在で公文公式ページで検索したらでてくる。この教室の想い出では結構離れた年齢のお兄さん的な存在の人(生徒ではなかったと思う)がいて、良くしてもらったことと、女の先生がトイレに入っているのに気付かずにドアをあけてしまったことを強烈に覚えている。

なお、いま数字が絡むものの類は全くできない。

英会話


英会話は確か小学校2年生から中学校2年生くらいまで行かされていたと思う。

確か途中で先生(教室)が変わった。初めの先生は若い女性の先生だった(ような気がする)ので、今思えばたぶんなにかおめでたい理由で教室を畳むことになったんじゃないかと思う。低層アパートの一室だった気がしなくもない。2つ目の教室は個人宅だった。というか、田舎だったので習い事の類は全部先生の個人宅だった。こちらの先生の時の記憶はなんとなく残っている。

このおかげで中学生くらいまでは英語はよくできていた。ただし、今はからっきしで、当時よりできないとおもう。

習字


習字も小学校2年生くらいからはじめて、小学校6年生まで行かされていたと思う。たぶん当時親同士の仲が良かった子が習字に通っていて行くことになったんだと思う。完全に想像だけど。

もちろん先生のご自宅で習うような感じだ。ここは自転車で行けるところだったので自転車で行っていた。先生がオレンジ色の墨汁を使って生徒の字を修正していたのを覚えている。習字は教室は違えど習っている友達は多かった気もする。

なお、通っていた甲斐無く、字は下手である。


塾は小学校5年生から中学校3年まで通っていた。田舎なのでもちろん大手のゼミナールみたいなのは無くて、個人宅だ。生徒は一人を除いて同じ中学校だった。近所に同じく通っていた友達がいたのでその親とうちの親で交互に送り迎えしてもらっていた。

小学・中学最後の授業の時にケーキ食べた覚えはある。後はあんまり覚えてなくて、変形した円錐や円錐の体積求めるような計算とかやったのは覚えている。(← いま計算しろと言われたらできない)なお、これも甲斐なく内容はほとんど覚えていない。

習い事はほぼ全て弟も同じもの、同じ教室に行かされたが、塾だけは違った。弟が通っていた塾は進学塾で弟は田舎の人間にしては珍しく中学受験して少し離れた私立に通うことになる。(田舎は基本的に公立しかない)なお、この甲斐あってか弟は私と違って良い大学に行くことになるが、今は仕事辞めたいらしい。

カブスカウト


なにあってカブスカウトに入隊することになったのかは不明だが、小学校いっぱいまでいっていた。河川敷で飯盒炊爨してテントはって宿泊したのと、卒業の時にもらった先進的なホッチキスが使いやすったのは覚えている。

ピアノ


これもなんで通うことになったのか不明だが、近所の先生のところに通っていた。始めた時期は不明。中学1年生くらいまでやっていた。

親に連れられて中古のアップライトピアノを買いに行ったのはなんとなく記憶にある。アップライトピアノの話をすると、母親がよく「父親がケチって中古で10万円のピアノにした」という話をするのだけれども、子供の時に自発的に練習するようなことはなかったので、結果的によい判断だったのではないかと思う[1]

先生が住んでいたのは少し離れた隣町で、教室の日になると私の地元にある先生の親の家で教室を開いていた。一度だけ、他の教室の生徒も含めたパーティみたいなのが隣町の先生のご自宅であった。グランドピアノが置いてあった。この時の先生が使用していたのがカワイということもあって、私は今でもカワイの電子ピアノを使っている。(もちろんそれ以外の理由もあるが)




こうやってみるとずいぶんいろんなことをやらされたわけだけども、自分の記憶の中では自発的にやりたいといったものは一つもない。別段いやでもなかったので、きりがいいタイミングまで続けたけれども、わざわざ家で練習したり勉強したりしたことはないという感じではある。

これらの習い事から何か習得できたものはあったのだろうか?という疑問がたまによぎる。疑問の答えは不明。自発的にやりたくてやったものは一つもなかったので、身についたものもほとんどない[2]。正直なところ、かろうじて続いているピアノですら惰性でやっている側面があって、多少難易度の高い曲に挑戦したりしても、それは真面目にやってきた人と比べると雲泥の差があるし、そこまで意欲があってやっているわけでもないので今後ももう伸びないと思っている。あまり本人に意欲がないものをやらせても仕方がないんじゃなかったのかなぁ。などとおもったりした。

親はなにを思って習い事に行かせたんだろうというのがよくわからない。見識を深めさせたかったのか、興味のある物事を見つけさせたかったのか、などなど…。今度帰ったときに聞いてみようかと思った。おわり。


  1. これは結果的に良かったが、父親はお金回りで意味不明な判断しかしない ↩︎

  2. 正確には当時は身についていたが、そこから伸びることなく途絶えたので何も残っていない ↩︎