「咳をしても一人」は国語の授業で習った…気がする…。句の作者である尾崎放哉氏が結核にかかって死ぬまでの8か月を吉村昭氏が描いた伝記的な小説。


新装版 海も暮れきる (講談社文庫)


放哉はどうしようもない。酒癖の悪さで顰蹙を買う。無神経な言葉を吐く。知人に金を、食べ物を、酒を、無心する。開き直る。人を疑う。しかもそれらを、自覚はして後悔はするものの、学習し、改めることができない。結局一人で生きていくことができず、他人にすがる。そして感謝するが、またすぐに疑い、開き直る。卑屈になる。

本当にどうしようもない。どうしようもないが、だいたいどれも自分にも思い当たる節がある[1]。読むのが…非常にしんどかった…。どうやっても放哉に自己投影してしまう。本を通じて自分自身をまざまざと見せつけられているかのようだった。

巡回して読んでいるブログの一つにmegamouthの葬列がある[2]。ちょうどこの本を読み終わる辺りでキレる中年プログラマという記事が公開された。この中に…

人がキレているのを見るとふつう不快な気分になる。見苦しいなあと思ってしまう。しかし、本当はキレた本人が一番傷ついているのである。 …<中略>… 夜のふとした瞬間に、全身が真っ赤になるぐらい恥ずかしくなって、叫びながら走り出したくなるのである。

という記述がある。これを読んだときに「ああ、誰でもそういうのはあるのかな…」と思ったりもした。

感情的なメールを書いて、やっぱりやめて、もう一度ゴミ箱から下書きに戻して、感情的な部分をイヤミ程度に見えるように書き直しているうちに2時間ぐらいたってました、とかそういうのはよくある。

これも近いことをやったことがある。2時間もかけなかったけど。これをやったのは20代半ばくらいの時なので、たぶん年齢は関係なくて性格の問題だと思う。

放哉がなぜ自身がそうなったのか、振り返る一節がある。彼はそれを血のせいなのかもしれない(酒を飲むと血がたぎるのだろう)と結論付ける。その節を読みながら、私も、なぜ自分がそういった過ちを犯すのか、その性格はどうやって形成されているのかを考えた。きっとそれは遊び(余裕)がないからなのではないかと思った。余裕のなさが、でる。表に。たぶん。苦い経験を経て、今は、以前に比べるときっと幾分かましになったとは思う。

SNSを筆頭とするなんとか運動とか何かの主張を声高に叫んだりしているのを見たり聞いたりするのが苦手だし嫌いだ。その理由が、なんとなくわかった気がする。自身の主張を通す、自身の主張が正しいという、傲慢さや、他者を受け入れるという余裕のなさをどことなく感じるから…。だと思う。それと似たようなことを、行っていた過去(とあるいは現在でも行っているだろう。たぶん)の自分と重なるものがあるから、嫌悪感を抱くのだと思う。

終盤、放哉の病状が悪化し死に至るまでの描写は圧巻だ。そこまでは少しづつ読んでいたものの、以降は一気に読み終わった。どのようにして細やかな病状を描くことができるのかが疑問だった。それは最後のあとがきで明かされる。それは作者の吉村昭氏、ご自身が結核にかかり死の淵を彷徨ったからだそうだ。病状もさることながら、その心情の描写も素晴らしい。

特に心情的な描写は自分自身にそういった経験がないと表現できないのではないかと思う。放哉氏自身が書いたものではないので、そう考えるとこれだけどうしようもない人間を描写できるのは、作者の吉村昭氏もそういう経験があるのかもしれない…と思った。ブコメは誓ってみない主義なので詳細はわからないが、キレる中年プログラマのブコメ数が多いのは、同様に思い当たる節がある人が多いからかもしれない。

読んだきっかけは何となくタイトルに惹かれたから。句の良し悪しは全くわからないが、タイトルは放哉氏の一句をもとにしているとのことなで、なにかわからないなりにピンとくるものがあったのかもしれない。


  1. 酒での失敗はもちろんある。無神経な言葉は…今でも吐くことはある。無心はしたことはない。 ↩︎

  2. IT系の人は大体知っててるんじゃないかと思うけど ↩︎