小説はもう長らく読んでいないのですが、Kindleのレコメンドかトップセールスかで表示されていたものが目に入って、タイトルに惹かれたため買ってみたという感じです。


なめらかな世界と、その敵


全6つの短編からなるSF小説です。

  • なめらかな世界と、その敵
  • ゼロ年代の臨界点
  • 美亜羽へ贈る拳銃
  • ホーリーアイアンメイデン
  • シンギュラリティ・ソヴィエト
  • ひかりより速く、ゆるやかに

どれも近代から近未来くらいが舞台になっており、シンギュラリティ・ソヴィエト以外は日本が舞台です。

タイトルに惹かれて購入した一つ目の「なめらかな世界と、その敵」ですが、正直これはあまりピンとくるものがなく、加えて文体が全くといっていいほど好みでなかったので、途中まで読んで(本自体)読むのを止めようかと思ったのですが「全6作品のうち1作品で読むのを止めるのはどうかなぁ」と思ったのでとりあえず読み進めました。ラストのシーンはそれは色鮮やかな、彩度とコントラストが高い写真のようなシーンが連続して切り替わるような描写があり、その鮮やかなシーンは私の脳裏に焼きつきました。このシーンを想像して読むことができたという点では、文体が好みではなかったとはいえ、結果的に良かったと思います。そのまま2作目の「ゼロ年代の臨界点」を読み進めましたが、こちらは文体もガラッと変わって明治(?)あたりの日本が舞台です。そしてこの作品に抱いた感想は「SFの定義がよくわからん」というものです。

SF、SFといいますが、普段SFに触れることのない人間がイメージするSFというのはスターウォーズみたいな感じで、この「ゼロ年代の臨界点」はタイムトラベルを匂わせる描写はでてくるものの、少なくとも私がイメージするようなSFとは到底かけ離れています。SFはつまりはSience Fictionの略なので、ここから考えると科学的な何かに基づいてそれをエッセンスにした作品のことを指すのではないかと思うのですが、そもそも「科学的な」は何をもってして科学的というかどうかがわからんということを突き詰めていくと、その世界に沿った舞台や設定がしっかりしていればSF…と言えるのか???それで行くと、例えばハリーポッターですらSFに分類できるのでは???でもあれをSFという人はいなくて、アレはファンタジーだろう…。などということが頭の中でグルグルと廻った結果、よくわからなかった。

よくわからなかったのでWikipediaで調べてみました。

科学的な空想にもとづいたフィクションの総称。メディアによりSF小説、SF漫画、SF映画、SFアニメなどとも分類される。日本では科学小説、空想科学小説とも訳されている

とのことなので、おおよそ、基本的な部分の認識とはずれてないように思えます。思うのですが、続けて定義の欄を見ると…

サイエンス・フィクションの定義は、幅広いサブジャンルとテーマを含むために困難である。デーモン・ナイトはその困難さを「サイエンス・フィクションは、その時にそう呼ばれたもの」と述べた。ウラジーミル・ナボコフは、仮に厳格な定義をするならば、シェイクスピアのテンペストはサイエンス・フィクションに違いないだろうと述べた

ということなので、要するにエライ人もわからんということで、ハリーポッターもSFと解釈することもできなくもなさそうということがわかりました。本当にありがとうございました。

話を戻しますが、4作目の「ホーリーアイアンメイデン」も「ゼロ年代の臨界点」と時代的、文体的にわりかし似ており、あとSFなのか??という点でも似ていました。ただ、この2作品は他の4作品に比べると読み易かったと思います。

何をもって読み易いというかは個人によって異なるとは思いますが、私は文章を読むときに頭の中で登場人物作り上げて各々のシーンを風景から人の動きや音までイメージして動かします。他人と文章の読み方を議論するなどということは基本的にはないので(技術書の読み方についてはありますが、それらは除外します)果たしてこれが一般的な(多くの人がそうする)文章の読み方かどうかよくわからないですが、たぶん一般的なんじゃないかと思います。一概には言えませんが、このイメージしやすさが私にとって文章が読み易いかそうでないかにあたることが多いです。この2作はそれがやりやすかったです。書くまでもないですがイメージしやすいかどうかと面白いかどうかはまた別[1]です。言及したついでにもう少し書くと、文体とかその設定されている時代に応じて自分の中のイメージもリアルなものからアニメっぽいものなど大きく変わるということと、そして自分が無意識にその時代や文体に応じて想像するイメージを分けているということに気づきました。これは異なる文体の作品を続けて読んだからこそであって、新しい発見に出会うことができたというのは喜ばしいことです。

3作目の「美亜羽へ贈る拳銃」はこれは6作品の中で私がイメージするSFに最も近いものでした。主要な登場人物の設定年齢が若すぎるのではないかというのと、元の美亜羽のセリフが痛すぎるというのが厳しい部分ではありましたが、それ以外は近未来のありそうな設定とおそらく多くの人にあるであろう葛藤を交えながら話が展開する感じでよかったです。

作品全てを読むと全体的になんとなく似通った設定やテーマのようなものがあるような気がします。「何か大きな時間に関連するもの」とそれに対して「最終的に自分の意思で選択する」というものです。これが作者の作風なのか、この短編集にそういったものを集めたのかはわかりませんが、少なくとも私にはそういった共通のテーマのようなものがあるように思えました。5作目の「シンギュラリティ・ソヴィエト」はその中で唯一自分の意思(力)でなんともできなかった作品であり、ラストのあたりの描写が丁寧でありつつもリアルとはかけ離れており、何とも言えない世界観を醸し出している作品でした。

話がそれてしまいますが、いくつかの作品で実在していた人物の名前が織り交ぜられていますが、こういうのって読み物としてどうなんですかね。私はそういうのが一般的にどういう扱いなのかといったことや善し悪しについてわからないのですが、特に割と最近まで存命していた人を出してそれを少なくとも良いとはとれない表現で書くのはどうなんですかね。フィクションという前提があったとしても自分にはあまり良い行為には思えないのですが…

最後の「ひかりより速く、ゆるやかに」はこの作品集のために書き下ろされたらしいということもあってか、時代設定がまさしく今であり、作品内で起こる事故そのもの以外は、取り巻く物事やいざこざも含めて実際に起こりそうなことが書かれています。インターネットによる情報の利用と消費の要素も盛り込んだこの作品は今の時代の人のために書かれたものではないでしょうか。特に終盤主人公がそれに対する気持ちを雪崩のように吐露するシーンは読み応えがあり、かつ現代人にはなかなか耳の痛いところがあると思います。やはり普段の自分を取り巻く環境に近ければ近いほど共感というか惹かれるものがあるのでしょうか、それ故に最ものめり込んだ作品です。6作品の中で唯一明確に結末が描かれている作品で、ラストも含めて心地よい読了感を与えてくれる作品です。

物語を書くプロの文章は、なんというかその文面から溢れ出す熱量のようなものが普段読むような専門書とはまた大きく異なり「いや~物書きのプロってすごいですね~」という雑な感想で締めたいと思います。おわり。


  1. この2作が面白くなかったという意味ではないです。念のため。 ↩︎