自分ももう30年くらい生きてきて、いい加減いい具合に自分の性格的なのは把握してきていて、それに対する付き合い方というのもいちおうそれなりにわかって来ているつもりです。

誰でもそうだと思うのですが、頭の片隅に引っかかるような物事っていうのがあると思うんですね。で、自分の場合はそれが定期・不定期・短期・長期に関わらず繰り返し発生するようであれば、もうそれはやったほうがスッキリするんだというのを理解していて、ストレスのない生活をするためにだいたいそういうケースのやつはもう実行に移すんですよ。その方がスッキリするから。大事なことなので2回書きました。

で、まあそういう御託を並べたところでタイトルのとおりなのですが、要するにやめたいんですよ。SNS。もうしょっちゅうSNSやめたいと思っている。ここ最近は10分に一回くらいやめたいと思っていて、これは私が実家の庭から油田が噴出して大金持ちにならないかな?と妄想する回数と同じくらいの回数です。要するに超やめたい。

端的に理由を書くと、もうこのSNSとかいうのが基本的に私の性格とゼツボー的にマッチしてないんですよ。これは別にSNSのせいじゃなくて、私の性格とゼツボー的にマッチしないというだけなんです。もう私はどんな新しいSNSが出てきたとしてもやらない。やらないと誓ってる。なのでインスタもやってないし、今後もやらない(というかあれはSNSという認識であってる???)いや、まあしかし、登録しただけで無限にお金をもらえるようなSNSができたら喜んでやるけど、そんぐらいじゃないとやらない。要するにそのくらいやらないと誓ってるし、ここに誓いまぁす。

どの辺がマッチしないのかというと、まあ、今までの記事の中で何度か書いてるんですけど、要するに情報過多がしんどかったりキラキラしたアレとかコレがしんどいというやつですね。もうこういうのになるべく触れないようにするにはSNSやめるのが手っ取り早いんですよ。自分で触れないようにしてしまうのが。

じゃあ、そんなやめたい言いながらなんでやめないのかというと、もうそれは理由はいくつかあるんですよ。なので順に書きます。あ、ちなみに私がやってるSNSはTwitterとFacebookです。

まず、一つ目はご縁的なのをこっちから一方的に切るというかそういうのはスゴイ忍びないなぁ。というのがあるんですね。やっぱり私もSNSイヤイヤ言いながらSNSで多くの人に助けていただいているわけで、そういう経験をしたにもかかわらずSNSやめるのって結構失礼な行為だと思ってるんですよ。加えて「SNSやめました」の後に「やっぱり有用だったからやります」みたいなパターンは、まあ大いにありうるわけで、そういうの超ダサいじゃないですか。後で助けて~って泣きつくような感じで。これが一つ目ね。

二つ目ですが、やめたら今生の別れになる人がいっぱいいるんですよ。私の普段の生活で人と対面で会うのは仕事とピアノのレッスンと年数回会う地元の友達くらいです。それ以外の人とはネット以外では触れません。そうすると、SNSをやめてしまうと前述した対面で会う人以外とは今生の別れになるんですね。これが二つ目の理由です。まあ、今生の別れと思いつつも、後に会う機会がありました。とか、もちろんその逆もあったりするんですが。

別れというのは仕方ないと思っていて、私は「人生という舞台からその人が退場していく」と例えてるんですが(←どうでもいいんですが、この例えカッコよくないですか?)そういうのは置いておいて、要するに仕方ないとは思ってるんですよ。ただ、じゃあその別れを自らの手でもたらすのか?と自問自答すると、踏ん切りがつかない。と。

あ、でもその昔々mixiはやめたんですよ。そういえばmixiあったね。あそこには学生時代の甘酸っぱいものも含めて様々な想い出が詰まっていて、なんか懐かしいですね。このmixiをなんでやめたのかあまり思い出せないのですが、当時マイミクだった人たちは基本的にお互いに面識のあって、仲の良かった人(過去形)が多かったと思います。学生の時にやってたSNSですしね。

じゃあ、なんでそのmixi割とあっさりやめれたかというのを考えてみたところ、当時私自身がそういう「今生の別れ」になることを想像できていなかったのだと思います。まあ、どうせまた会うでしょ。みたいな気持ちがあったのではないかと。事実、半分くらいの人とはその後、何かしら会ったりした(過去形)のような気がします。もう半分くらいの人はmixiやめた時点で今生の別れになったと思います。

でも、今の自分はもういい加減その辺りもわかってきていて「あ、もうこの人とは二度と交わることはないだろうな」というのがわかるんですね。あ、ここまで書いといてアレですが、ずっと言ってる今生の別れは相手の近況すらわからない状態のことですよ。念のため。

そういうのが解ってる状態でSNSやめるのどやねん。という状態で、実家の庭から油田が噴出して大金持ちにならないかな?と妄想する回数と同じくらいSNSやめたいと思いつつも、それと同じ回数くらいSNSやめるの踏みとどまってる感じなんです。要するにこれはそんなお気持ちを表明したお気持ち表明記事です。

まあ、今生の別れといっても、本当に今生の別れになるかどうかはこれは死ぬまでわからないので、あんまり今生の別れ言いまくるのもアレなんですが、私的にはもう会わないだろうなぁ。とか考えることはしょっちゅうなんですね。まあ、そう思ってても意外とバッタリ会うようなこともあったりして、そういうの含めて人との関りってなんというか儚さと美しさがあるなぁ。とか思ったりするんですが。

今日はそんな感じ。おわり。