先日、後輩に「ブログの文章がどうやってもですます調になってしまうのですが、どうしたらいいですか??」という質問を受けました。

酔っていたというのもあって何を回答したのかよく覚えていません。どうせ碌な回答をしていないかっただろうというのと、この話に関しては質問を受ける受けないにかかわらずどこかで記事にしたかったので個人的な見解を書いてみます。

後輩氏はどういう文章が書きたいのか


まず、後輩氏の質問は「ですます調になってしまうのですが、どうしたらいいですか??」だったのですが、これはおそらく「ですます調が悪い」ということではなくて「ですます調の文章だとイマイチ表現力に乏しい(ように感じるのでもう少し豊かな表現で書きたい)のですがどうすればいいですか??」というのが質問の意図だったのではないかと思います。

おそらく、私のアルコール漬けの脳ミソの記憶では私の文章を褒めていた気がする(実際に私の文章が優れているかどうかは客観的に判断できないので不明)のですが、要するに彼は表現力豊かでユニークな文章が書きたいのではないかと思います。というか、そういうことにしましょう。そうでないとこの先の話が進みません。

以下、個人的に思う表現力豊かとかユニークな文章はどんなものか書きます。なお、これは個人の見解でありますし、私は別に何かしら文章を書くことに精通しているわけではないです。また、文章といっても様々な種類がありますが、その中でもブログというカテゴリーにとどめておきます。

ユニークな文章とは


私が思うブログにおけるユニークな文章とは「その人の感情・気持ち・意見が素直にのっている文章」だと考えています。従って、そこに文章の上手い下手は関係ないと思います。どれだけ書きなれていない文章でも、そこに書き手の気持ちや意見が素直にのってさえいれば、それはユニークで素晴らしい文章だというのが私の意見です。

表現力豊かな文章とは


表現力豊かがどういうものを指すのか、正直私もよくわかっていませんが、語彙力が基礎となるのではないかと思います。ただ、必ずしも語彙力が必要というわけではないかと思います。

例えばですが、私が良く使う表現として下記のようなものがありますが、これらは一切語彙力を必要としません。汚い例があって申し訳ありませんが…

1
2
3
嘔吐する   -> マーライオンごっこする
漏洩する -> ダダ漏れムーニーマン
〇〇が多い -> 〇〇マクリスティ

ちなみに、ご存知の方はわかると思いますが、3番目のマクリスティはラクリマクリスティというビジュアルバンドが語源で、所謂流行語の一種的なものです。(私は前職の先輩の影響で覚えました)

文章に限らず口語でもですが、私が普段使う表現は、意識・無意識含めてだいたいどこかの何かしら・誰かしらの影響を受けたものばかりだと思います。これはおそらく私に限った話ではありません。皆、知らないうちに他者の影響を受けているでしょう。

話がそれてきた気がしますが、個人的に思う表現力が豊かとは「一つの状態を表すのに複数の書き方で書くことができる」ということ思います。さらに加えると「前後の文脈から最適なものを選択できる」といったあたりでしょうか。

ついでなので、私がたまに文章判定したいときに利用するjWriter 学習者作文評価システムととjReadability 日本語文章難易度判別システムを紹介しておきます。これは文章を張り付けると作文力とか語彙力を判定してくれます。ちなみに私が力作だと思って測定した文章はだいたい測定不能扱いになります。

どうやって上手くなるのか


では、これらをどうやって伸ばすかですが、個人的にはまず初めはインプットだと思います。

数多の文章(特にブログ)を読むときに「この人の文章は上手い!面白い!」と思うことはあると思います。その時にそう感じたらその人の他の文章も読んでみるのがいいと思います。そうやって繰り返し文章を読むことによって特徴が見えてきます。すると次はアウトプットです。その文章を真似た文章を自分で書いてみます。これはプログラミングの写経と似たようなものではないかと思います。

初めはさまざまな違和感があると思いますが、しばらく書くうちにやがて馴染んで来る時が来ます。それをひたすら繰り返します。異なる人の異なる文章をひたすら読んで・真似る。そうやって、数多の文章を読んで数多の文章を書くことで誰のものでもない自分の表現が出来上がる。…と思います。たぶん自分もまだまだそんなレベルではないのですが…。

よく昨今の芸術作品で完全なオリジナルは作成できない(何かしらの影響を受けてしまう・受けている)という話を聞くと思いますが、それと同じです。私はそれは最もなことだと思いますし、悪いことだとも思いません。(明らか意図的な模倣は流石にどうかと思いますが)

また話が脱線しますが、私が初めて他者の文章を模倣したのはおそらく中学2~3年生くらいだったと思います。当時日記をつけていた(当然紙です)のですが、その時にハリーポッターあたりの表現を真似たのが初めてではないかと。おそらく、私の文章を書くというルーツ的なのはその辺りからなのではないかと思います。とはいえ、大学に入ったあたりからは読むのも書くのもだいぶ遠ざかってしまいまして、読むほうに至ってはここ7年くらい技術書しか読んでいないと思います。時間があれば読みたいんですがね…

さて、話を戻しましょう。そうやって、他者の表現が血肉となり、自身の表現が出来上がるのです。それをユニークさに加える。つまり、自分の感情・気持ち・意見をそれらの表現を用いて書けばユニークで表現力の豊かな文章を書くことができるでしょう。たぶん。知らんけど。

推敲


推敲はしましょう。やればやるほど味がでます。私はめんどくさいので基本的にやりませんが、やるに越したことはないです。また、可能であれば一晩寝かせるのがベストです。翌日になれば昨晩とは違った別の視点で見返すことができるでしょう。たぶん。私はやらんのでしらんけど。

DDW(泥酔駆動執筆)はどうなのか?


ここで突如新しい単語が出てきてしまいました。DDWです。私は普段DDD(泥酔駆動開発)と称しながら酒を飲みながら開発をしておりますが、同様に文章を書く時も酒を飲みながら書いております。DDWをやれば、ユニークで表現力豊かな文章を書くことができる…そう思っていた時期が私にもありました[1]…。

私は一度書きだしたらそのまま公開まで一気に持って行かないと気が済まないので、どれだけ泥酔していようが公開してしまうのですが、泥酔状態というのはまともな判断ができず黒歴史を生成してしまうだけなので、おススメしません。DDWはダメ、ゼッタイ。

この文章…??もれなくDDWでお送りしていますよ。

まとめ


  • 他人の文章を読め
  • まねろ
  • 書け
    • ただし、酒飲んで書くな

くどいですが私が思うに自分の感情・気持ち・意見を素直に書くのが一番最初ではないかと思います。(まあ、素直に書けといっても煽りやdisはなるべくやめた方がいいでしょう。私もエスカレートしてしまうことがあるので気を付けます)

何事も始めなければその後はありません。表現力をつけるというのは続けて試行錯誤していくうちに後からついてきます。

以上です。


  1. このセリフを書きたかっただけで、実際には思ったことはないです。 ↩︎