まあ、なんかタイトルの通りです。

最近は消耗することの大半が人との何かしらの関わり(ネット含む)だと思うようになっており、その根本原因は根本的に他人は理解できないからだと考えるようになりました。残念ながら有史以来人は争いをやめることはできませんし、二人いれば争いが始まってしまいます。争いが始まらないのであればもう一方が我慢しています。しかたないです。人間だもの。育ってきた全てが違うのだから。

まあ、二人とかだと別にいいんですよ。離れればいいので。でも、もっとビッグなソッサエティーではそういうわけではいかないですね。なんてったってビッグだかんね。これを解決するには完全に孤独になるかエヴァーみたいに人類補完オレンジジュース計画でみんな一つになるしかない[1]のですが、現実問題として私(を含めて人は)一人で生きていけない[2]し、オレンジジュースは不可能[3]です。

ですので、結果的に私は人と適度に距離をとるような形になっています。これは最近に限った話ではなくて、おそらく以前からなのだと思います。その昔々、私が大学生の時の話ですが部活の同期に「YoshinoriNみたいに皆が盛り上がってるところで一歩引いて見るような人間は必要だと思うで」的なことを言われました。私はそういうつもりはありませんでしたが、そういうことなのでしょう。これは別にコミュニケーションの否定とか拒否とかそういうわけではなくて「単に適度に距離が欲しいよね。」というだけの話です。少し話がそれますが、こういうのは世の中一般的にコミュ障という言葉で片付けられてしまうような気がしますが私はそうではないと考えます。コミュニケーション能力とかいう言葉を見ていつも辟易するのですが、コミュニケーション能力とはベラベラ喋る能力を指すのではありません。差支えなく意思疎通ができることを指します。ペラペラ喋るのは酒が入れば大半の人間は可能[4]です。意識的であれどうであれ「距離をとる」と「コミュニケーション能力が低い」のは別です。[5]

話を戻して、では、果たして私は今も昔もそれを意識してやっているのか?ということですが、それは私にはわかりません。私自身は人と人との助け合いというようなものは美しいと思いますし、私自身が手を差し伸べることができる範囲でなにかできることがあればという想いがあるのも事実です。しかしながら、その反面、ベッタリと関係を持つのを避けています[6]。人はそれを「傷付くのが怖いからだ」と指摘するかも[7]しれませんし、それは事実かもしれません。それは私にもわかりません。無意識のうちに、自身の都合の良いように思い込んでいるかもしれませんし、本当に嫌なので避けているのかもしれません。それは今後もずっとわからないでしょう。

まあ、なんだ、こいつ何書いてるんだという感じだと思うんですけど、最近ダウナーレベルが加速してしまいダークサイドに落ちているのでそういうことです。よろしくお願いします。


  1. 人類補完オレンジジュース計画はそういう内容だと理解している

  2. 精神的な意味でも物理的な面でも、その他でも

  3. 肉体を捨てて意識が電子の世界に行くような世界になるかもしれませんが

  4. 先日飲み会で泥酔して後輩にコミュ力有との認定されました。また、その後バーで酔っぱらってオバチャンと騒いでいたのですが、これはコミュニケーション能力ちゃうからな!!

  5. ちなみに私は(世間一般で使われているであろう)コミュ障には該当すると思います

  6. こんなことを書いておいてアレですが、現職はコミュニティつながりで入社してます

  7. 実際に言われたことがあります。「すっこんでろ」と思いましたが